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最高裁判所第一小法廷 昭和35年(オ)1086号 判決 1963年10月10日

上告人 山川清治(仮名)

被上告人 山川忠徳(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人富岡秀夫の上告理由第一点について。

原判決(その引用する第一審判決をふくむ。以下同じ)が民法八六六条(旧法九三〇条)の解釈として、後見監督人が被後見人を代理して当該行為を成立させた場合でも、またその行為について親族会の同意があつた場合でも、被後見人は同条によつて取消権を有する旨判示している趣旨は、当裁判所も正当としてこれを是認する。所論は独自の見解であつて、採るをえない。

同第二点について。

論旨が非難する、原判決の所論事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照し肯認しえなくはない。所論は、ひつきよう、事実審が適法にした証拠の取捨判断または事実の認定を非難するに帰し、採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤朔郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 長部謹吾)

上告代理人富岡秀夫の上告理由

第一点 原判決には判決に影響を及ぼす重大な法令の違反がある。

一、原判決の認定した事実は次の通りである。

「上告人は昭和七年八月一三日山川一郎のめい山川タミヨと入夫婚姻をしたとき、本件宅地、建物を一郎から贈与を受けたのである。しかし、その登録手続をしないうち一郎が死亡しミツ、嘉吉、被上告人と順次家督相続し登記義務も承継されたので、当時の所有名義人である被上告人から上告人に対する贈与の形式によつて、上告人に所有権移転登記手続がとられたにすぎないのである。

しかも右登記の移転手続をするについては、昭和一九年九月一日被上告人のための親族会および後見監督人も右事実を確認したのである。」

との上告人の主張に対し、

原判決は、原判決添附物件目録記載(二)(三)の宅地、建物を山川一郎から贈与をうけたとの主張については、

「右主張に沿う当審証人加藤薫、山田サク、大井新一、山川リンの各証言、当審の控訴人本人尋問の結果、乙第一、二号証、第二五号証の各記載も、第一審証人山川嘉平、和田忠兵衛、林政一、原審および当察証人山川ヒサの各証言と比べ採用できない。乙第一二号証も右主張事実を認める資料としがたいし、その他にこれを認めるに足る証拠はない。」

としている。

原判決の右事実認定は第一審判決と全く同一である。

二、しかし乍ら本件宅地建物は、親族会並びに後見監督人の同意を得て、亡山川一郎からの贈与を形式上は被上告人より上告人に対する贈与に基く所有権移転登記を為したのである。

この未成年者であつた被上告人より後見人であつた上告人に対する贈与は親族会の同意(乙第一号証、乙第二号証)並に後見監督の同意(乙第一号証、乙第二号証)を得たるものである。

尚物件中宅地一〇坪は後見監督人死亡したるにより特別理代人選任を以て同意に代わる手続を為しあるところである。(乙第八号証の一、二)

後見監督人を民法が制度上之を設けたる所以は後見人の善管義務を監督するものであつて、未成年者の財産管理を完遂せしめんとするものに外ならない。

本件宅地建物については亡山川一郎が直接上告人に贈与したる事実を認め(乙第一号証、乙第二号証、乙第二十五号証各記載)監督人において之を同意しあるもので、上告人には手続がそれ迄に遅延していたということはあろうが他に自己名義にするのに何の悪意も存しなかつたのである。

三、本件宅地建物は偶々突然の一郎死亡によつて、選定家督相続人ミツ、その養子となつた嘉吉が家督相続人という地位を取得してあつたので、(この選定家督相続人の選定につき、又ミツの養子に嘉吉を推したのは親族会の同意によつたものなのである)嘉吉の相続人被上告人忠徳の名義と移転したので、被上告人より上告人に対する贈与という形式をとつたにすぎないのであつて、亡一郎の本件宅地建物は元々被上告人の相続財産には含まれていないのである。

従つて親族会並後見監督人の同意は不必要なのであるが、手続未了の間に身分上の相続が進行したる為かかる同意が必要となつたものである。

四、かかる事実において、未成年者の取消が成年と同時に簡単に許容されるということは、当時の親族会員並後見監督人の同意あるものについては、取消はゆるさるれべきものはでない。若し未成年者の財産につき、成年になつて何年にても取消をゆるすということは後見監督人という制度自体を無効とならしめる結果を招来し物件の取得者の権利は何時にても取消されるという不安定におかれその権利は絶えず侵害を蒙ることとなる。

原判決の認定は未成年者の取消を優先せしめて、後見監督人の同意を無視するという監督人の制度そのものを否定する違法がある。

五、即ち原判決の所論は、後見監督人の同意に対する法律解釈を誤つた重大な違法があるものであつて、その誤りは判決の結果を左右するものであるから、原判決は到底破棄を免れないものである。

第二点 原判決は、民事訴訟法第三九五条第一項第六号判決に理由を附さない、又は理由に齟齬があるから破棄せらるべきものである。

一、原判決の認定するところによれば、

上告人の原判決添附の物件目録記載(二)(三)の宅地建物を上告人が山川一郎から直接贈与を受けたとの主張については単に上告人申請の証人加藤薫、山田サク、大井新一、山川リン各証言並上告人本人の尋問の結果と被上告人、証人山川嘉平、和田忠衛、林政一、山川ヒサの各証言を比べて採用できないと認定しているにすぎない。

而して、乙第一、二号証、乙第二十五号証、乙第十二号証等についても主張事実を認める資料としがたいと述べるのみである。

上告人が第一審並に控訴審を通じて、主張し立証しているところは、

(一) 本件宅地建物は被上告人の相続財産に含まれない。

従つて民法第八六六条の適用はない。

(二) 親族会において、昭和一二年一二月三一日山川一郎死亡により同人に子なき為その妻ミツを選定家督相続人に選定したるところ、つづいて昭和一三年二月一六日ミツの養子に嘉吉を迎えミツの隠居により嘉吉を相続人として結局一郎の相続を嘉吉に為さしめた。

嘉吉が相続人になつたのはすべて親族会において、配慮したる結果であること。

(三) 本件宅地建物の贈与を受けたのは、被上告人が相続開始の前四年以上のことである。

而して以来占有管理を為し来つたものである。

等である。

二、しかし乍ら原判決は之等の主張に対して何等の理由を附していない。

(一) 前記(一)の主張に対しては、単に山川嘉平、和田忠衛、林政一、山川ヒサの各証言に比べて採用できないとしているにすぎない。

乙第一、二号証、第二五号証の記載によれば一郎死亡前上告人において姪タミヨと入夫婚姻したる際に本件宅地建物は上告人に贈与する意思を持つていたこと、その意思を常に親族にも言い遺しておいたこと、それは上告人が親族会員においても亦一郎の意思は生前わかつていたし、又上告人の働きも真面目であつたので一郎死亡後この意思に添うて上告人の所有であることを確認し、且つ、その所有とすることに同意しているのであることが明白である。

乙第一号証記載前文「山川一郎が其の生存中言い遺したる趣旨に従い」との記載、

乙第二号証記載「後見人山川清治が後見開始前に於ける申出の左記条項を親族会は異議なく承認したり。現に山川忠徳所有に係る不動産中忠徳の先代山川一郎が己の生存中山川清治及山川リンに贈与しありたる事実を確認し以て承認したり」との文面、

乙第二十五号証親族会協定書中の記載によつても亦同様である。

之等の書面は成立につき当事者間に争のない事実であつてこれ等の書面は上告人が後見人に就任しない前のことであるし、一郎より贈与を受けたることは明白で、所有権は既に上告人に帰し、民法第八六六条の適用外と云わねばならない。

この心証は以上の文書によつても明白であるから直接の贈与をうけたとの心証は得られる筈である。

証人和田忠衛、林政一、山川ヒサの各証言は当時この事実を承知しある者ではなく伝聞に属するものであつて採用しえない証言であるから之を措信することは誤りであるから、原判決は上告人従来の主張に対して理由を附さない違法があると云わねばならない。

(二) 前記(二)の主張に対しては、原判決は明確なる判断を為していない。この事実は乙号証の戸籍謄本によつて明白である。

親族会の好意によつて被上告人先代嘉吉は一郎の相続人となつたものでこの際は既に上告人の宅地建物は上告人の所有となりあり、嘉吉には乙第十二号証の通り一郎の財産の大部分は相続せられあるものである。

乙第十二号証財産目録は後見人に就任したる際、上告人がその責任において作成したるものであるが、その中には、本件宅地建物は除外せられある点よりみて、上告人所有であることは明白なる事実である。

この点につき判断していないのは理由を附さない違法があると謂わねばならない。

(三) 前記(三)記載の主張については、原判決は宅地建物の自主占有を否定している。

その理由とするところは、「上告人が右宅地建物を自分のものにしてくれとはじめて発言要求したのは、昭和一四年三月一〇日親族らが集つた席上であることがみとめられる」と為し、その証拠として乙第二十五号証林政一、山川ヒサの各証言のみである。

之に対する上告人の立証としては、乙第一号証、第二号証の各記載、乙第十二号証の記載、証人大田左近、同山川タミヨ、同加藤薫、同大井新一、同山川リン等の各証言によつて明白である。原判決の理由とするところは独断にすぎるところであるし事実又、山川ヒサ、林政一等は本件宅地建物の移転関係には関係がなく当時親族会員でもないのであるから、その証言のみを措信することは独断と云う外はない。むしろ上告人の立証において十分自主占有の心証は得られる筈である。

従つて上告人の主張に対しては、理由を附さない違法のみならず理由に齟齬ある違法ありと云わねばならない。

以上要するに原判決の所論は立証事実に対して適法な理由を附さず又、その理由に齟齬あるものであるから到底破棄を免れえないと信ずる。

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